仙台高等裁判所 昭和31年(う)381号 判決
原判決は原判示第一の(一)の末尾において、「同日右偽造に係る請書を同食糧事務所に持参し、同所係員に対し恰も真正に作成されたものの如く装つて提出行使し、同係員をして真実前記山形組合から右三百俵の買受申込みがあり、かつ右文書が真正に作成されたものの如く誤信させ、因つて同係員から同日附粳玄米二百俵を含む計三百俵の荷渡指図書の交付を受け、以て右二百俵(この代金八十一万一千六百円相当)を騙取し」と判示しており、原判示第一の(二)ないし(四)においても右と同様の判示である。右原判示に徴すれば、原判決は荷渡指図書の交付を受けたことを以て直ちに粳米自体を騙取したものと認めていると解するほかはない。
ところで、刑法第二百四十六条第一項に定める財物の騙取とは常に必ずしも現実に財物自体を受領することを必要とせず、これを現実に受領したと同一視せられる財物受領の可能な状態にある場合においても同罪の既遂を構成すべきものであるが、それには犯人において該財物に対する現実の支配力を獲得したことを要するのであつて、被欺罔者たる他人においてなお該財物につき右の支配力を失わない限りは未だその財物を騙取したというを得ない。
本件において、成程、「政府所有主要食糧売買契約書」によればその第四条において、「現品の受渡は在姿のままとし、山形食糧事務所長が買受人組合の買受代金の納付を確認した上荷渡指図書の授受によりこれを行うものとし、現品の所有権及び危険負担は荷渡指図書発行の日から買受人組合に移転する」旨の記載がある。しかし記録特に山形県食糧事業協同組合連合会(以下県食連と略称)理事長の裁判官に対する回答書及び当審証人横田定雄の証言によれば、県食連は各食糧事業協同組合(以下事協と略称)の買受申込を取纏め、購人割当数量の範囲内で食糧事務所から払下を行い、荷渡指図書及び納入告知書の交付を受け、これに県食連の作成する出荷指図書及び精算書を添付して各事協に送付し、各事協は送付された荷渡指図書を食糧事務所支所に提示し、倉庫の倉番号の記入を受けた後食糧事務所の委託を受けた倉庫業者の係員から荷渡指図書と引換に米穀現品を受領するものであることが明かである。即ち、売買契約書では荷渡指図書の授受により在姿のまま現品の受渡を行うことになつているが、それは危険負担の関係からであつて、荷渡指図書が米穀自体を化体しているものとはみられず、実際の手続においては荷渡指図書の交付を受けただけでは食糧事務所委託の倉庫に保管されている現品の米は何等特定されず、荷渡指図書に倉番号の記入を受けた上これを持参して引換に倉庫業者の係員から現品を受領する場合にはじめて特定するのである。そして、本件荷渡指図書は例えば小切手が一般の取引において現金同様に授受される(保険金を騙取せんとする者が保険金額面の小切手を受取つた場合にはいわゆる保険金騙取の既遂と認められる)のと趣を異にするはもちろん、荷渡指図書の交付を受けただけでは、これを以て一定の手続を経て米穀の交付を受けることの可能な権利は獲得するけれども、現品の米穀が特定されない限りこれに対する現実の支配力を獲得するに由ないのである。
されば、荷渡指図書の交付と同時にこれに対応する在庫米穀の特定がなされ、簡易の引渡がなされるならば格別、然らざる以上、荷渡指図書(有価証券ではないけれども、詐欺罪の目的たる財物であることはいうまでもない)の騙取と認めるはともかく、直ちに以て米穀自体の騙取の既遂とは認められない。従つて、荷渡指図書の交付を受けたことを判示したのみで、直ちに米穀を騙取したと認めた原判決は理由不備の違法があるものといわざるを得ない。(因みに原審検察官の訴因変更請求書の記載によれば、前記原判示第一の(一)に対応する部分は「因つて同係員より同日附粳玄米二百俵を含む三百俵の荷渡指図書の交付を受け、以て右二百俵分(この代金八十一万一千六百円相当)を騙取し」とあり(原判示は「右二百俵分」ではなく「右二百俵」である)、その他も同様であるが、当審検察官の釈明によれば、荷渡指図書の交付を受けたまでの事実を起訴したもので、その分の米の受領は単に情状として記載したに過ぎないというのである)。論旨は結局理由あるに帰する。
(裁判長裁判官 籠倉正治 裁判官 細野幸雄 裁判官 岡本二郎)